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「21世紀のホッキーグッズを語る,いやぜひ語らせてくれ!」


《Part2「ハァッキースチックの変遷について」》


前回はホッキーシューズの変遷についての講座でしたが,今回はそれに続いてハァッキースチックについて語ってゆきましょう。ホッキーグッズ界においてハァッキースチックこそが近年劇的な変化を遂げたグッズではないでしょうか。違う?いや少なくとも当編集部近辺ではそうなのです。そこらへんのところを年代を追ってまわりくどく説明いたしましょう。尚,念のためお断りしておきますが当講座ではあくまでもインラインホッケー側から観たホイジンガー精神にのっとった論陣をはらせていただいております。アイス経験者やインライン界のスタープレイヤー(該当者を約3名,某ク○ーンズHPで発見しました!)のみなさまとは見解が大きく異なる場合が多々ございますので,あらかじめご承知くださいませ。

Part2「ハァッキースチックの変遷について」
講師:「ホッキーグッズ歴史学U」ハシレナイゼ・デッチヌフスキー
ゲスト:コシガイタイゼ・オダケノビッチ氏
    剣樽王3世氏
    などなどその他適宜乱入予定


第1章「木の時代」(紀元前〜1980年代頃)

 その昔はみんな「木」(「もく」と読むとなんとなく趣が・・・)であったそうな。なんともはや恐ろしいことです。あんな無垢で重たく,そして技量がハッキリと現れるような品物しかなかったとは,地獄でございます。とはいってもインラインを始めたばかりの超初心者のみなさまはすべてここから始まるのです。何しろ初めて手にするわけですし,よもやこのような「ぼー」に1万円也を費やすとは考えられないことでしょう。私においても最初に手にしたのはおそらく某ビ○ト○アか某o○hm○nsで購入したKOHO(記憶が正しければ¥2,800)の無垢木であったと記憶しております。そんな「木」ではございますが,いまだに「木」の感触が一番だとのたまう達人の方々が多数いることも承知しております。有名なるホッキー格言集にも「スチック道,木に始まり木に終わる」と記されています。やはりホッキープレイヤーたるもの,最後にたどり着くのは「木」なのでしょうか。そんな「木」とてこんな時代に手をこまねいているわけでもありません。やはりそれなりの進化の過程を経ていることを再確認したしました。そこで最近外用に入手したの「木」を例に説明していきましょう。

JOFA7000(Junior)
こちらは一見すると普通の木スチックですが,わかる人にはわかる(わからなくても一向に結構!)仕掛けが施されているのであります。まずは,シャフト構造がもう木だけで構成されていないということです。シャフトの左右面には白いグラスファイバー層が木をサンドイッチするように加工されてます。これは木の補強ということで納得したのですが,それだけではなく,左右というか表裏で手で握るグラスファイバー面の角アールが違っています。レフトハンド用は左側のアールが微妙に大きく,右側はわりと角張っています。人工力学的に計算されたこの非対称シャフト断面により,プレイヤー(=あなた,この場合筆者)に力を余すことなくスチックに伝えようと言う努力がはらわれているのです!


(JOFA7000です,キレイですねぇ)


(geometory exchange,いい言葉だ・・・)


(カラーリングも木らしくなく,カックイイ)


第2章「鉄の時代」(1980〜90年代中頃)

 ハァッキースチックはその単純且つ繊細な構造から,工業界の新素材開発史ととも歩いてきた(いやここ最近はダッシュしてきた)と言えるでしょう。同じスポーツグッズでいえばテニスラケット,自転車,ゴルフクラブなどともに新素材の実験場であるとも言えます。産業革命からかなりのタイムラグがございましたが,「木」の時代の後はやはり「鉄」の時代が到来したのであります。
 「鉄」といってもこれは正確には「アルミ」です。NHL公認のアルミ製スチックは1981年にEASTONなるものが最初に製造したと主張しておりますので,たぶんその通りなのでしょう。もちろんそれまでも素材としての「鉄」そのものはあったのですが,仮に鋼鉄の中空鋼でスチックを作った場合の重量と硬度は,考えるだけでもヤバイです。やはり「木」を上回ることが難しいことは簡単に予想できます。ただし,アメリカもしくはカナダ方面のどこかで誰かがチャレンジしたであろうことも予想に難しくありません。いや,もしかするとかの頑強なるアメリカ人においては「鉄」スチックを実際使っていたのかもしれないところが,アメリカの怖ろしいところです。
 さて,アルミは80年代になると,いろいろなスポーツグッズに応用されはじめました。まずウィルソン系教会のコナーズ宣教師によりテニスラケットとして布教されたのはみなさんの記憶(30代以上限定,よい子のみなさんはよいお年の人に聞いてみましょう)にあるかと思います。これはアルミ地のまばゆいばかりの銀色の輝きがそれまで主流だった木素材&塗装をうち破った瞬間であるとともに,その硬度からくる「テニス肘」という単語の普及にも大きく貢献したのでした。(コナーズ宣教師のなんでもかんでも120%ハードヒットスタイルにもよる,たぶん)
 ひるがえってホッキー界では1試合で何十本もスラップを打つという競技ではない,シャフトがある程度細いので一定以上の長さであればそれなりのしなりもあるかも,いや,おれなんかしなりはいらない,もうガチガチがいい,という達人たちの強い支持を得たのであります。確かにアルミを用いることで木スチックに比べればその耐久性は飛躍的に向上しました。またスラッシングの威力の倍増も見逃すことはできません。相対的にこのころから防具関係の強化が進んだのもあながち偶然とはいえません(←まったくのでまかせです)。
 また,それまで頭打ちだった1本あたりのスチック単価を大きく押し上げたという功績も見逃せません(←特に当編集部においては!)。しかし,テニス界においてアルミラケットが市場を席巻し得なかったように,ホッキー界でも次なる素材,いやこの際,マテリアルと呼ぼう,が出現の機会を窺っていたのであります。現在でもアルミスチック愛好家は存在し,製品には少なくなったとはいえ健在です。
 今日のスチック界にアルミスチックがもたらした一番の功績は,かのハッキー格言集にも記された「鉄朽ちてブレード残る」との言葉のとおり,付け替え式のブレードという思想を持ち込んだことではないでしょうか,アーメン。


第3章「おれさまの時代」(1997〜現在に至る?)

おっと,すみません,原稿を間違えて「ホッキープレイスタイル変遷史」を掲載するとこでした。それでは改めて・・・・

 

第3章「カーボン・グラファイトの革命」(1990年代初頭〜2001)

 鉄の時代をなんとか乗り切ったかに見えた木ですが,1990年代に入るとまたまたその座を脅かす強敵が現れました。その名はカーボン・グラファイトです。(注意=超初心者のみなさん向け:もちろん外人さんの名前ではありませんよ,念のため。)この新世代の暴れん坊はそれこそあらゆるスポーツグッズに波及し,特にテニスラケット業界においてはそのシェアを100%握り木を駆逐したという前歴を持ってます。また,ゴルフクラブや超高価な自転車などにも応用され,モータースポーツでは「カーボン・モノコック」などと名乗ってドライバーの命を守ってます(っていいやつジャン!)。
 ハァッキースチックにおいては,カーボングラファイトの採用によって,より一層の軽量化と耐久性の大幅な向上が図られ,もちろんNHLの選手諸君にも配られテレビの前によい子のみなさんの目にもふれるようになったのです。その立て役者はやはりEASTON卿です。さきほど耐久性の大幅な向上と申し上げましたが,これはメーカーにとっては逆に首を絞めることになるのでは,という懸念もあります。しかし,実体はそうではなかったのです(少なくとも当編集部においては)。カーボングラファイトの場合,加工の自由度によりいままでにない形状のものを製作することができる上,素材間の配合を巧妙に調整したり,新たな素材(ケプラー,チタンなどと名乗るものたち)を加えることで,消費者(特に我々若干2名)に対して手を変え品を変えアピールできるのであります。
 もちろん「我新たな素材kevlar配合に成功せり!」「いままでの常識を破る軽さと薄さを実現!」というキャッチフレーズに遭遇した自称賢明なる消費者(約2名)は喜び勇んでまんまと引っかかり購入するのでありました。むろんメーカーとしては1年後には沈痛なおもむきで「あれは間違いだった・・・」「実は先般もっといい素材を発見した・・・」「やっぱり当社伝来の黄金比率が正しかったのだ・・・」などの選択肢のうちから1つを選んで発表することも忘れてはいけません。その結果,グラファイトシャフトのお値段は$100の大台を越えるものが出現し,ハァッキースチック産業を大い潤したのであります。
 ハァッキースチックの価格上昇に限界を感じたEASTON卿が次に目をつけたのは,ブレードのフルカーボン化です。アルミ時代にはブレードはやはり木,場合によってはABS加工を施したものでありましたが,なななんんと,付け替え式ブレードのフルカーボン化により定価ベース$70,実売$50という高価格製品Z-Carbonの開発に成功するとともに,我々の目ん玉をひんむかせることにも成功しました(「なぬぅぅぅ,$50となぁぁぁぁぁ」←某カナダ国会場にて某極東人の弁)。もちろん,賢明なる極東の消費者は即座にこれを購入し,会う人ごとにこれを開陳し,$50のブレードに対する金銭感覚を麻痺させることにかなりの成果を収めたのであります。尚,フルカーボン化によりスチック全体がさらに軽量化され,ブレードそのものの耐久性も大いに増し,均一で高精度な製品が実現したことなどはほんのついでなのです,はい。
 2000年時点でのスチックとブレードの夢の組み合わせというと,Z−Carbon+Z−Bubble,定価$119.95+$60=179.95(約21,500円)と相成ります。


第4章「Synergy高価,いや効果,一体化政策」(2000〜現在に至る)

 シャフトもブレードもコンポジット化が謀られ,できうる限りの軽量化を達成したかに見えたハァッキースチック業界。ここで一段落と思えたのですが,1人EASTON卿は次なる秘策をこうじていたのでありました。
 それはフルコンポジットによる一体成形,すなわちワンピーススチック「Synergy」の開発でした。
 某編集部がトロント方面で最初に試作品らしきものに遭遇したときは,その軽さよりも予想価格$350というお値段に小さな肝っ玉(←ほんとにねぇ〜)をつぶしたわけですが,そのとき手にした感触と銀色に輝く色つやは忘れられないほどの衝撃でした。
 その時点ではたいそうなお値段でもあり,「いやぁ〜やっちゃったね〜フッフッフ」とか「観た?!観た!?どういうこと???」的な好奇な反応が大半だったと記憶しております。Synergyは最初同社契約の超有名NHL選手に配給され,好評につき有名NHL選手が競って使うようになり,一般プレイヤーにもその存在が浸透していきました。
 その後製品化においては価格も定価$199,実売$150という現実的な数字が提示され,アメリカ国内においては定着したといえましょう。実際ピーク時には各店舗においても品切れが続出したと聞いております。ここにまたEASTON卿による金字塔(銀かな?)が樹立されたのでした。


(2002年モデルのSynergyGripです)


第5章「ワンピース金金戦争,SynergyからResponseへ?」(現在〜)

 EASTON卿の1人勝ちを苦々しく見ていたのは他ならぬLouisville王です。
 「奴らが銀なら,我らは金じゃ!!」といったかどうかは知りませんが,2001年に発表したEASTONへの返答,すなわち「Response」(←でたらめです,ほんとはパックの感触がダイレクトに伝わるフィールを意識したネーミングですか?)は銀のSynergyに対してまばゆいばかりの金の塗装が施されました。
 これはもう黄金の国ジパングを統治する某剣樽王3世氏の財布の紐をゆるめて中身をそっくり出させるには十分でありました。あのホッキー格言集にもありますように某剣樽王3世が「我剣樽王3世也。西方の王より黄金のResponse献上せり」というお言葉を発したのはちょうどこの頃です。
 話し戻って,Synergyが460グラム世界最軽量のスチックを主張すれば,Responseは455グラムで対抗します。やはり先人を研究し対策を練ったResponseにわずかな優位性があると思われましたが,EASTONとてやられてばかりではありません。
 2002年シーズンに登場したSynergyGripではシャフト部のグリップをよくするためにGripTextureを採用。そして真の王者は我々じゃ!とばかりに金色塗装を敢行,ここにワンピース金銀戦争はワンピース金金戦争へとエスカレートしていったのです。2002年,EASTON卿とLousivile王の闘いはまだまだ始まったばかりなのである(なんちて)。


(宿敵SynergyGrip100 vs ResponseWhipFlex)


(Synergy派の某編集長出撃の図,恍惚の表情?)


(とにかく5グラムは軽いResponseです)


 相変わらず進行過程で趣旨が変わってしまう当講座ですが,いかがでしたでしょうか?次回より通常の講座に戻し再開したいと思っております。次回のお題は「ハァッキースチック,ブランド巡り」をお送りする予定ですが,気が変わったらごめんなさい。

 尚,補足資料として「ハァッキースチック年代記」を添付いたしましたので,熱心な読者のみなさまにおかれましては,しっかり復習に励んでください。


今月の超初心者講座読者のみなさまにひとこと
「やっぱりぼくちんハァッキースチックは金色がいいです!」(剣樽王3世)


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